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創世記 旧約聖書 :関根正雄訳

エチオピアのダナキル砂漠
地球上で一番暑いといわれている。
朝まだ涼しいうちに、今日の塩を運ぶ駱駝のグループ選定をする。
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ヤコブがイスラエルとなること
ヤコブと神(ヤハウェ)との取っ組み合い
明け方まで角力をとった。その人はどうしたかというと自分がヤコブに勝つことが出来ないと見てとって、ヤコブのもものつがいに触ったのである。それで角力をとっている中に、ヤコブのもものつがいがはずれてしまった,
「明け方になったからわたしを去らせてくれ」

この勝負どうしても夜明け前に終わらせる必要があった。
神の顔を直接見たものは死ぬ。これは、ヘブル人たちにとっては常識であった。
あなたがわたしを祝福してくださらなければ、わたしはあなたを去らせない」

「君の名はなんと言うのだ」
「ヤコブです」
「もう君の名をヤコブと呼ぶのはやめて、イスラエルと呼びなさい。君は神と人とに戦いを挑んで勝ったからだ」
イスラエルの名は民間語源的に「戦いに挑む」(サーラー)と結びつけられている。

イスラエルというのは神と戦うものという意味と神の王子という意味である。
ヤコブはこの場所を「神の顔」(ベヌエル)と名づけた。
「わたしは顔と顔とを合わせて神を見て、しかも命が助かったのだ』

ペヌエルはヤボ川にそい後にも知られる。
元来ペヌエルの聖所伝説創設伝説で、神の顕現を伝えたものであろう。
この古い伝説が二次的にヤコブと結びつけられたものと思われる。
元来「神」は川の精ともいうべきもので、それゆえあけがたになると「去らせてくれ」という。

青文字が創世記訳の部分
赤文字は中川健一氏の日本人に贈る聖書物語
こうやって比べてみると、自分の考えに近づけて約をするということがよくわかる。
ふるくからある民間伝承を旧約聖書の頃に近づけて同一視していく。


日本人に贈る聖書ものがたりⅠ 族長たちの巻(上)第三部ヤコブ:中川健一著

世界遺産ワダンの町
モーリタニアの砂に埋もれいく町ということでシンゲッティとともに有名になった。
ワダンとは、二つの井戸のある町という意味だそうだ。
大河のないところで生きていくためには井戸に頼るしかなく、井戸を制したものが生き残るのであり,井戸を巡って命をかけた戦いが起きる。

砂に埋もれる町

いよいよヤコブ(後のイスラエル)の登場
イサクの妻リベカは双子の子を出産。
エサウとヤコブである。
デボラ(リベカの乳母)が叫んだ。

「頭が見え始めました。黒々とした頭ですよ。しっかり育った赤ちゃんですよ」
「なんと体全体が毛むくじゃらですよ、この子は。まるで毛皮をまとったみたい」
最初の子は頭がすぐに抜けたが,足の部分がなかなか出てこなかった。強く引くと、かかとを掴むてが見えた。弟のの右手が先に生まれた兄の右足のかかとを掴んでいたのである。

というわけで、兄を毛深いという意味のエサウ。兄のかかと(アケブ)を掴んで出てきたので押しのけるという意味のあるヤコブと名づけられた。

日本人に贈る聖書ものがたりⅠ 族長たちの巻(上)第二部イサク:中川健一著


モーリタニア砂漠のベドウィンとアラブ人(自称ムーア人)の写真
自分たちのテントである。
かなり広く高さもある。モーリタニアでは5本の棒でテントを立てる。棒の中は空洞になっていて、柱として使用する時は空洞に砂を入れる。持ち運ぶときには軽くテントの柱となる時はしっかりする。

ベドウィンとアラブ人
第十六章モリヤの山
「アブラハムよ。そのイサクのことであるが,あなたの愛しているあの子、ひとり子のイサクを連れてモリヤの地に行け。わたしはそこで一つの山を示す」
「その山で、その山の上で、イサクを”全焼のいけにえ”としてわたしに捧げよ」

ひとり子をどうのように考えるかで大きく違ってくる。
ひとりを一人と考えるか、かけがえのない子という意味に取るかである。

旧約聖書の記述とイスラム教の教えとが最も先鋭的に対立するのが,この話である。
旧約聖書;アブラハムはイサクを捧げた。
もし,イサクでないとするなら、これ以降の聖書の歴史は茶番劇であり、全く意味をなさなくなる。
イスラム教:アブラハムはイシュマエルを捧げた。
ヤハウェが捧げよと命じたのは、「ひとり子」である。「ひとり子」とはイサクが生まれる前のイシュマエル以外にはない。イサクが生まれた時点で子どもは二人になる。それゆえ、ユダヤ教は歴史を改ざんしている。

 という訳で対立は平行線である。

日本人に贈る聖書ものがたりⅠ 族長たちの巻(上)第二部イサク:中川健一著

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モーリタニア砂漠の朝焼け
第十四章ソドムとゴモラ 地獄絵

ロトの家族がツォアルについたのは、太陽が山並みの上に顔を出した頃だというから,きっとこの朝焼けの頃かもしれない。
着くと同時に、大音響とともに大地が揺れ動いた。数百年、いや数千年に一度の大地震であった。もともとヨルダンの低地と死海あたりの地形は、大規模な地殻変動によってできたものである。これを地質学者たちは"シリア・アフリカ地溝帯”と呼んでいる。
本来、地震が起きやすい地形なのである。瀝青の穴があちこちに存在し,温泉もかなりの数吹き出していた。

大地震があの町を襲っていた。これはヤハウェが起こした奇跡であるが。あえて定義すれば、「時間の奇跡」「タイミングの奇跡」である。この地方では,地震が起る条件は満ちていた。そのタイミングがまるで時計で計ったかのようであったこと、それがこの奇跡の本質である。

つまり、後の世の後付けともうけとれるのだが・・・・

日本人に贈る聖書ものがたりⅠ 族長たちの巻(上)第二部イサク:中川健一著

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モーリタニアの砂漠:遠くに見える緑を想う
死海の周りの緑地が荒野と化したことのついて

ヤハウェは意を決したように話し始めた。
第十三章 三人の旅人
「ソドムとゴモラの傲慢の声、淫乱の叫びはあまりにも大きく、彼らの罪はきわめて重い。わたしはあの町々に下り、何が起っているか確かめてこようと思う。それは,あの町々を裁くためである」

ヤハウェともあろうものが町に行かなければ確かめられないというのもおかしな話?
アブラハムの取りなしで、ロト(アブラハムの兄)を助けることになる.
第十四章ソドムとゴモラ
「よく聞け。命がけで逃げるのだ。後ろを振り返るな。この低地はすべて滅ぼし尽くされる。低地で立ち止まってはならない。山に逃げよ。お前たちが滅ぼされないためである。」
しかし、ロトは懇願して山ではなく小さな町へ逃れることを願い、許可された。その町はベラという町。これ以降はツォアル(小さな町)と呼ばれるようになった。
この町は低地にあった五つの町の中で唯一、滅びを免れることになった。
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